丘の上にある大きな屋敷の広い庭に一人の女性が立っていた。すでに還暦を過ぎているのだが、その美しい黒い髪や凛としたその姿勢には、年老いたという言葉は合わない。
顔のしわの少なさは長い人生の中でも表情の変化が少なかったであろうことを物語っている。おそらくその少ない変化の中でも最も少なかったと思われる微笑を、今その顔に浮かべていた。
その前にあるのは腰ぐらいまでの高さの墓石だった。生前の名前すら彫られていない簡素な墓石、しかしその前に立つ女性を見れば、それが思いの薄さを表すものではない事は見て取れた。
「おはようございます。兄さん」
そうつぶやき石に触れる。
指先でなぞるように触れていく。
「秋葉さま」
後ろからの若い女性の声が聞に振り向く。
「なんです?」
主人がこの時間を大事にしていることを知っているのだろう。使用人はビクリとちじこまる。
「申し訳ありません。お客様が…」
「…今日、来客の予定があったかしら?」
「いえ、ありませんでしたが…」
「ならお引取り願いなさい。」
「その、シエル様なのですが…」
「…そうですか。」
「あの…、それと金髪の女性が…」
ピクリと眉が上がる。それを見た使用人はさらに小さくなった。
「わかりました。すぐに行くと伝えなさい。」
「は、はい」
「それと語尾を濁らせる癖なんとかなさい。何度も言わせないように」
「は、はい!申し訳ありません!」
頭を下げ屋敷にかけていくのを見送り。もう一度墓に向き直る。
「…今日はいつもと違う日になりそうです。それでは行ってきます。兄さん」

 

「はいどうぞ、紅茶です。」
割烹着の年老いた女性が応接間に入ってきた。
「秋葉さまはすぐに来られるそうなので少々お待ちくださいね。」
「ありがとうございます。琥珀さん」
「アルクェイドさんもどうぞ?」
「ありがとう。えっと琥珀?」
「ええ、以前何度かお会いしているのですが、覚えていていただけなかったみたいですね」
琥珀と呼ばれた女性はくすくすと笑う。
「そうだっけ?」
「ええ、ずいぶん昔ですけど。まあ、私はこんなお婆ちゃんになっちゃいましたから、わからなくてもしょうがありませんね。」
「そういえばメイドが二人いたような…」
「その片割れです」
「ああ、…ふけたわねぇ」
「ちょっとアルクェイド!!失礼なこと言うんじゃありません!」
「いいですよ。シエルさん。本当のことですしね。」
「そうよ、それに時の流れに身を任せられるのはうらやましい事でもあるもの」
「―っ、例えそうだとしても、今の発言の弁明には―」
「ずいぶんにぎやかですね。」
「あら、秋葉さま」
「お久しぶりです。シエル先輩、それにアルクェイドさん…」
「ええ、お久しぶりです。秋葉さん」
「…久しぶりだね。妹」
「本当に久しぶりですね。アルクェイドさん…、今までどうなさっていたのですか?」
「ほとんど寝てたわ。だから私はあまり久しぶりとは思えないんだけどね。」
「そうですか…」
「秋葉さま、とにかく一度、志貴さんのお墓に参って頂ませんか?その後昼食をご一緒にお取りになればいかがでしょう」
「…そうしましょう。昼食にはあの子も同席させなさい。」
「志貴の孫?」
「…ええ」
「わかりました。では昼食は腕によりをかけて作らせて頂きます。何かリクエストがありますか?」
「カレー意外なら何でもいいわ」
「!、どういうつもりですか?アルクェイド」
「昨日あれだけ食べたのに、まだ食べ飽きないの?」
「飽きるだなんて!ありえません」
「まあまあ、とりあえず和食にしときます。きっと新鮮だと思いますよ?」
「…わかりました。今回はそれでよしとしましょう」
「シエル先輩、申し訳ありませんがあの子の様子を見てきて貰えませんか?」
「体調がよくないのですか?」
「ええ、特にここ最近は」
「…わかりました。では後で追いつきます」
「すいません。では行きましょうか。アルクェイドさん」
「では誰か案内の者を―」
「いえ、二人で行きましょう」
「…妹?」
「二人でお話したいことがあります。」
「…わかったわ。行きましょう。」

 

墓の前に二人の女性が立っている。
「これが志貴のお墓?」
「ええ」
「小さいんだね」
「あの人は、あまり物を持ちたがりませんでしたから」
「お金は欲しがってたみたいだよ?」
「そうでしたね」
「何であげなかったの?」
「さあ、何でもいいからあの人を縛りたかったのかもしれません。」
「意地悪だね」
「そうですね…」
「…」

「…私は貴女を憎んでいました。いえ、今でも憎んでいます。」
顔を伏せ泣きそうな声で呟く。

「あなたがいなければ兄さんは死ななかったのかもしれない。でもそれは意味のない仮定です。おそらく私達の血がある限り幸せな結末は有り得なかったでしょう。むしろ貴女達に振り回されていたからこそ、私はあの人の心に触れられたのかもしれません。」

それは混血の長としてではなく、人の親としてでもない、遠野秋葉として発する何十年かぶりの声だった。

「それでも私は貴女が憎い。兄さんが、あの人が最後の時に見つめていたのは貴女だったから…」

「でもそれで貴女を恨むのは間違いですね。結局私はあの人に触れることはできてもあの人を捕まえることはできなかったのですから」

空を仰ぐその顔に涙はなく、満面の笑みを浮かべていた。

「あなたが寝ている間に過ぎた私の人生は、そんなに悪くはありませんでした。あの時枯らした涙を流すことはできませんでしたが、あの人が残した子を見送ることができましたし、その子供まで抱くことができたのですから」

「…妹は幸せだったの?」

「まさか、でも貴女が思っているほど悪くは無かったということです。だから笑ってください、その方が兄さんも喜びます。」

「うん、…ありがとう」

「いえ、お礼を言われるようなことは何もしてません。」

「そうだね。ってさっきからシエルが向こうで待っているみたいだよ?」

「ええ、あの隣に立っているのが――」

法衣の女性の隣に立っているのは、少し線の細い眼鏡をかけた青年だった。それはいつもと違う日なのにどこか懐かしい昼下がり―――

 

 

 

 

―――――――――――――

あとがき

ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。なんだか秋葉がオリキャラっぽくなっているような気がしますね。(汗

一応秋葉が年を重ねたらどうなるんだろうと思いながら書いてみました。メインは秋葉ですが、アルクが一番難しかったです。永遠の時を生きているはずの彼女ですが、一番時の流れの恩恵を受けられないのでは無いでしょうか。

琥珀さんは年をとってもそんなに変わらなそうなので助かりました。

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