王の新たな目覚め

 夜は良い。昼の喧騒は遠ざかり、ごちゃごちゃとした景色は闇に沈み、くだらない話し声も聞こえず、目障りな人影も見えなくなる。そして何より、我の時代と変わらぬ真円を描き輝く月が天上にある。

「ここからは良く見える・・・」

 夜よりも深い雰囲気を漂わせている公園を歩きながら皮のジャンパーを着た青年がつぶやく。この公園は昼でもあまり人が近寄らないため、深夜の今では人の気配すら感じない。だがそれゆえ、月の神秘性を更に引き立たせる。満月の時期のこの散歩コースは青年のささやかな楽しみの一つであった。そして今日も芝生を横切りながらの誰にも邪魔されない散歩のはずだった。はずだったのだ。

「きゃっ」パタリ。
「な・・・っ」ドスン。

 月を眺めながら歩いていると何かに躓いた。完全に油断していたため転倒する。信じられずしばらく尻餅をついたまま動くことが出来ない。油断?油断はあった。しかし人の気配はしていなかったはずだ。躓いた先を見ると、そこにソレは居た。

「いたた・・・もぅ、いきなり何よ」

 そこには横倒れの状態のモノが居た。肩まで伸ばされた月明かりに輝く金髪、暗闇に浮かび上がる白のセーター、そして文句を言っている表情からでもわかる整えられた顔を持つ女が背中に手を回しながらこちらを見ていた。
 相変わらず人の気配はしない。目の前の女からは人の気配がしなかった。しばしの間見とれていたが、しかし別の気配が微かにすることに気がついた瞬間意識は逆上した。立ち上がるとともに相手を睨みながら怒鳴りつける。

「貴様・・・たかが魔の存在でよくも我の楽しみに水をさしたな!」

 怒鳴りつけられた方はしばらく反応が出来なかった。が、しばらくすると内容が理解できたのか顔を赤くして立ち上がり怒鳴り返した。

「貴方・・・ヒトにぶつかっておいて何様のつもり!謝るのは貴方の方でしょう!」
「こんなところに座っていた貴様が悪いに決まっているだろうが!我の邪魔をした罪は重いぞ!」
「公園の芝生に座っていて何が悪いの!貴方こそ私の月光浴を邪魔した罪、謝ってもらうわ!」
「ヒトの形はしていても我は誤魔化せぬ。たかが魔ふぜいに王たる我が謝る必要など無かろう!」
「王?私にも貴方が人間でないことぐらいはわかるわよ!私を甘く見ると後悔することになるわよ!」

 互いに睨みつけ距離を取る。緊張状態の中、先に動いたのは青年のほうだった。いつの間にか手に剣を持ち叫びながら無造作に振り下ろす。

「我に立て付いた事を冥府で後悔するといい!」

 切ったはずだった。が、剣が女に届いたと思った瞬間、青年は後方に突き飛ばされていた。

「ぐはっ。・・・何だと!?」

 片膝を突きながら胸を押さえ、相手を睨みつける。馬鹿な。この最強たる自分に相手の一撃が見えなかったなどとは信じられなかった。アイツが我よりも強いかもしれないなど断じて認めるわけにはいかなかった。

「貴方ねぇ、いきなりそんなモノ振り回すなんて何を考えてるの?危ないでしょうが。」

 女は元の位置のまま無傷で腰に手を当てこちらを睨みつけて文句を言ってくる。この態度。もはや容赦の余地などあるわけが無い。

「女・・・この我にこのような振る舞いをしたこと後悔するぞ!」

 次の瞬間そこに黄金の鎧をまとった青年が居た。怒りに顔を歪め白いセーターの女を睨みつける。

「へぇ・・・やる気なの。今日の私に勝てるとでも思っているのかしら。面白いから相手になってあげるわ。」
「女!後悔しろ!」

 次の瞬間青年の背後に無数の刃物が姿を現す。剣・槍・矛・斧など多数の種類、無数の武器が青年の背後一面を埋めていく。

「塵すら残さず消し去ってくれる。」

 次の瞬間一斉に背後の武器が白いセーターの女目掛けて殺到していく。ソレはまさに武器の雨。何時もの様にこの暴力の雨を相手に原型など残るはずも無い。そう思っていた青年が見たのは自分が見たこともない光景だった。
 女は避けていた。雨など避けれるはずも無いのにその場で避けていた。目で追うのがやっとの速さで武器の雨を避け、残ったものや追従してくるものは伸ばした爪で叩き落していた。こんな光景は生前も英霊となってからも初めてだった。今まで叩き落そうと無駄に足掻く者、無様に逃げ様とする者、無謀にもこちらに向かってくる者はいた。どれも必死の姿を見て、己の最強を確認したものだったが、あれは何であろうか。舞を踊るかのように笑みさえ浮かべながら避けているあれは何なのだ。さらに武器を増やそうともアイツを捉えることが出来ない。

「あれ、もうお仕舞い?つまらないわね。」

 もう武器の雨は止んでいた。何時もと違う光景がそこにあった。一帯の地面は見るも無残で元の面影はない。ここまでは見慣れた景色。しかし、その景色の中に無傷な相手が居るのは初めての光景だった。

「さて、どうする?謝るなら許してあげてもいいけど?」

 軽く微笑んで話しながら女はゆっくり近づいていく。ソレを見て戸惑いを隠せない。アレは何だ?アレは何だ?アレは何だ?この最強たる我がどうしたというのだ?何だこの圧迫感は?何故呼吸が苦しい?どうして足が後ずさる?コレは何だ?コレは何だ?コレは何だ?初めての感覚に混乱する。戦士として王として数多の戦場を経て今まで感じたことの無いコレは何なのだ。

「どうしたの?そろそろ謝る気になった?」

 トンッと背中に木が当たり、足が止まる。そして気がついてしまった。認めたくは無いが認めざるを得ない。自分の体術ではアイツを追い切れない。王の財宝(ゲート
オブ
バビロン)からの直接投擲ではアイツを捕らえきれない。しかし、我にはまだアレがある。アイツとはいえ我が乖離剣の範囲攻撃からは逃れることなどっ!そう思い王の財宝から乖離剣を取り出そうとした瞬間、寄りかかっていた背中の木が


 消失した。


「うぉっ」

 後ろに倒れこみ女と出会った時のように尻餅をつく。しかし今回は屈辱を感じる余裕など無かった。あの女が何をしたのかは判らない。しかし、目の前にある綺麗な断面を見せる切り株を見ればわかってしまう。あの女は最初から殺す気であれば何時でも我を殺せたということに。もはや打つ手が無かった。”天地乖離す開闢の星”では王の財宝から取り出し乖離剣に力を込め相手に振るうのに3工程、王の財宝での投擲も取り出し投げるというのに2工程、しかしアイツがその気になればこちらを殺すのは1工程どころか0にも等しい一瞬、そしてこの距離では逃げることすらかなわないであろうと判ってしまった。今までの我は最強との自負があった。他の英霊との戦いなどから見ても無敵といえるものだったハズ。だが、その全てが今音を立てて崩れていく。

「・・・殺せ。もはや足掻いたりはせぬ。」

 今までに我に敵対した者達のような無様な醜態を晒さないのが王としての最後の誇りだった。しかし此方が歯軋りしながら紡いだ言葉を聞いた相手は足を止めて呆れた顔をしていた。

「何言ってるの?私は謝って欲しかっただけでしょ?死にたいのなら殺してあげてもいいけど?」

 首をかしげながらの女の言葉を聞いた瞬間、自分の中で何かが決定的に壊れる音がした。こちらは殺す気だった戦いがアイツにとってはおしおき程度のものらしい。こちらを少し睨みつけて我を指差しながら女が言った。

「私は座って月光浴を楽しんでいた。そこにぶつかってきたのは貴方。謝るのはどっち?」
「あんな場所で月光浴だと?正気か貴様?」
「辺り瘴気のこと?あの程度ならどうということは無いわよ。で、謝るのはどっち?」
「気配がしなかったぞ。何時から居たのだ。」
「私は貴方が公園に入ったときから気がついてたわ。それに月光浴中にわざわざ気配を撒き散らしたりはしないわよ。別に姿を隠していたわけでもないわ。謝るのはどっち?」
「・・・我の方だ・・・。」
「そうでしょう?なら、どうするのべきなのかしら?」

 もはや笑うしかなかった。半ば放心しながら立ち上がり武装を解除して相手に向かい合う。

「我の不注意だ。赦せ。」
「赦せ?心が籠ってないわよ。」
「ゆ・・・ゆるして・・・く・・・くださ・・・い。」

 震えながら頭を下げ、舌を噛みそうになりながら言葉を搾り出す。初めての屈辱。コレでも不服かと顔を上げると


 月夜に照らされて輝く、太陽のような笑みがそこにあった。


 全てを忘れて見とれてしまった。胸の中に渦巻く何かは消え去り、ただ、その美しさがその中を占めていく。うん、うん、と肯きながら軽い足取りで近づいてきながら女が言った。

「そうそう、謝るってのは大事よ。避けるだろうと思って近づいてきた貴方を無視をしていた私も少し悪かったかもしれないわ。ごめんね。」

 少しだけ距離を残して止まり、辺りを見回しながらため息をつきながら女が言った。

「けど、派手にやっちゃったわね。騒ぎになると面倒だから私は帰るとするわ。じゃあね。」

 手を振りながらきすびを返す姿を見て、あわてて我に返る。

「まて、一つ聞きたい。人ではなく神性は感じないから神族でも無いだろう。魔とも少し違うようだがお前は何なのだ!?」

 えっ?と動きを止めてこちらに向き直り首を傾げながら聞いてくる。

「あれ?もしかして私のこと知らないの?少し変な感じするけど貴方英霊でしょ。魔術とかの方面少しは知ってるんじゃない?」
「生憎魔術や俗世のことなどに興味は無くてな。知らないから聞いている。」

 女は驚いた顔をした後、そっかと呟きながら姿勢を正す。

「では改めて自己紹介するわ。私の名前はアルクェイド=ブリュンスタッド。真祖で白の吸血姫とも呼ばれるわ。」

 軽くスカートを摘み上げながら、お手本のように完璧な仕草で挨拶をする。

「真祖?吸血姫というと吸血鬼の仲間なのか?」
「吸血鬼の仲間にされるのは心外ね。吸血種ではあるけど真祖は自然派生する世界の代行者の一種よ。だから精霊が近い表現かしら。吸血姫という名前は私が真祖の王族ブリュンスタッドの者ということから皆がつけた呼称ね。もっとも現代では真祖は私一人だけなんだけどね。」

 世界の代行者。納得がいく話だ。今の我は世界に使役されるもの。世界の中の位置から違う存在。

「私はコッチの世界じゃ有名すぎるからてっきり知ってるものと思ってたわ。その私に私の時間とも言える満月の夜に喧嘩を挑んでくるもんだから、一体何考えてるのかしらと思ったけど知らないんじゃ仕方が無いか。」

 どうやら自分はとんでもないミスを犯したらしい。そしてとてつもなく運が良かったのだろう。今もこうして無事に居られるということは。

「ところで貴方は?挨拶には挨拶で返すのが礼儀でしょ。」
「あ、あぁ。我はギルガメッシュ。最古の英雄王と呼ばれるものだ。」
「そう。でも言葉遣いには気をつけたほうがいいわよ。最古の英雄王ということだけど、今には今の言葉遣いがあるんだから。さて、そろそろ帰るわね。」

 慌てて引き止める。

「待て!いや・・・待ってくれか。あと一つだけ聞きたい。何故我を殺さなかった。」

 コレだけは聞いておかなくてはならない。万が一にも遊ばれていた等ということなら覚悟をしなくてはならない。

「理由?そうね、さっきも言ったけど、一体何考えてるのかしらと思ったからかな。私を知らないとは思わなかったからどんな奴だろうという興味ね。そして・・・」

 顔を見上げながらアルクェイドは言った。

「やっぱり、コレだけ綺麗な月夜にそんな真似は野暮というものでしょう?」

 同じく月を見上げてその言葉を噛み締める。

「そうか・・・。そうだったな。我の行為は確かに無粋な真似だった。改めて謝罪しよう真祖の姫。」

 視線の先には先程と何も変わらない美しい月が天上にあった。





「次は何時会える。真祖の姫よ。」
「えっ」

 驚いた顔をしてこちらを見ている。その顔もやはり美しい。

「我はお前が気に入った。また会いたいが次は何時会える。」
「えっ?えっ!?」
「同じ王族同士、交友を深めるのも悪くなかろう?どうだ。」
「私は別に・・・」
「不服か?確かに出会いは不幸だったが瑣末なことであろう。」
「いえ、何と言うか・・・」
「まさか二度と会いたくないというのか?謝罪が足りなかったか!?」

 ギルガメッシュが足を一歩踏み出すと、アルクェイドが一歩後退する。ジリジリとジリジリと。

「どうした。何故答えない。」
「なんていうか・・・私は偶々ここに寄っただけで近くに居るわけじゃないのよ。」
「ならば我から会いに行こう。何処に行けばいいのだ。」

 更に勢いを増すギルガメッシュに対してアルクェイドは益々引き腰になっていく。

「私は・・・」
「私は?」

 アルクェイドきすびを返して脱兎のごとく走り出しながら叫ぶ。

「私はコッチ関係の知り合いはお腹一杯なのよ〜。」
「待て!いや・・・待ってくれ真祖の姫よ〜。」

 あっという間に公園から姿を消した二人を、月は只静かに見ているだけだった。





「最近何か元気だなセイバー。何かいいことでもあったのか。」
「あぁシロウ。実は最近、以前は感じていた嫌な視線が消えたんですよ。」





「どうしたんだアルクェイド。ビクビクしてらしくないぞ。」
「志貴〜。そこら辺に金髪赤目の男の人って居たりしなかったよね。」





「くっ。この町にも居ないようだな。次は何処に・・・。待って居てくれ真祖の姫よ。」

次回 ストーカー王 VS 女難王
(嘘です。信じないでください。書けませんから。)

 

 

あとがき

 ケンカを読んで、もし自分がオチを付けるとすればこんな形と思い、SSにしてみました。

オチが最初にあってつくった物なので、ケンカとは二人の条件を変えています。

最大の違いは二人の強さの差を広げるために満月の夜にしたことです。

ギルガメッシュには徹底的にやられて貰わないとオチにたどり着けなかったものですから。

ギルガメッシュファンの方には申し訳ないw。それに満月の夜にしておけばアルクェイドが負ける要因は0に近くなるので、そのことでアルクェイドに余裕を持たせることができると考えました。

あまり残酷なアルクェイドは好きでは無いので私の好みを反映させるための設定でした。バトルではなくオチがメインなので勘弁してください。(ちなみにオチの部分は十五分、それに辻褄を合わせるための前降りに2時間掛かりました。中々辻褄が合わなくて・・・)


 これは私が初めて書いたSSなので、拙い所はどうかご容赦を。それとこのきっかけになったケンカの作者である管理人には感謝を。最後までありがとうございました。

おまけ 没ネタ
その1「鎖の扱いなら負けないわよ!」
その2「初めて格上というものを知った。これが尊敬という気持ちか。ぜひ女王様と呼ばせてくれ!」

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送